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ピザの誕生

ピザが現在の形に近くなったのは、16世紀に新大陸からトマトがもたらされてからである。原産地インカでは栽培種となっ

ていたトマトだが、ヨーロッパでは有毒植物ベラドンナと形が似ていたため、当初は食品としての人気はなく、もっぱら観

賞植物として育てられていた。しかしインカと同様にスペイン領だったナポリでは、18世紀後半までには貧しい人々がトマ

トをパンに乗せる具として使い始めた。ナポリのピザはすぐに訪れる観光客に対する名物料理となった。

当初、ピザは屋台や路地売りされ、あるいは屋台で売られていた。ナポリのピッツェリア・アンティカ・ポルタルバは1738

年から店でピザを作って路地で販売しており、1830年に店を椅子とテーブルが整ったレストランに改装した。現在の店舗も

当時と同じ位置にある。『三銃士』の作者アレクサンドル・デュマ・ペールは1843年の著Le Corricoloの中で、ピザがナポ

リの貧民が冬に食べる唯一の食べ物であると説明した上で、「ナポリのピザは植物油、豚脂、牛脂、チーズ、トマト、アン

チョビで味付けられている」と描写している。

1870年創業のセルサーレの老舗ピザ専門店「ダ・ミシェル」は、本物のナポリピッツァはマリナーラとマルゲリータの2種

類だけだとしている。ナポリピッツァ・マリナーラは最も古い形のピザであり、トマト、オレガノ、ニンニク、オリーブ・

オイルが具であり、バジリコが使われることも多い。マリナーラは「船乗り」を意味する語であり、ナポリ湾を拠点とする

漁師が好んだからこの名が付いたと言われている。マルガリータは1880年創業のピザ専門店ラファエレ・エスポージト

(en) が作った。1889年、エスポージトはイタリア王ウンベルト1世と王妃マルゲリータに3種のピザを献上し、このうちマ

ルゲリータはイタリア国旗を思わせる緑(バジリコ)、白(モッツァレッラチーズ)、赤(トマト)で彩られたピザを気に

入った。ナポリピッツァ・マルゲリータの名はこれに由来する。

1984年に設立された「元祖ナポリピッツァ協会」("Associazione Verace Pizza Napoletana")はナポリピッツァのピザ台

の製法を「薪を使って485℃に加熱した密閉オーブンで60~90秒焼いたもの。生地は手でこねること。生地を伸ばすのに麺

棒などの道具を用いてはいけない。直径は35センチメートルを超えてはいけない。中央の厚さは3分の1センチメートルを越

えてはいけない」と定めている。

ナポリのピザ台が柔らかくしなやかな一方、ローマでは薄くサクサクしたものが好まれた。また、ピザ・アル・タグリオ

(pizza al taglio) と呼ばれる四角い型の上で焼かれるタイプのものもある。ピザ・アル・タグリオには多種多様なトッピ

ングがなされ、量り売りされる。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

ピザにはこんな歴史があったのですね。トマトがあまり好まれていなかったのにはびっくりました。

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2009年8月 3日 22:49に投稿されたエントリーのページです。

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